どこまでが限度なの?世の中変わったの?

「いつも客に死体出している」mixiでアルバイトによる衝撃告白相次ぐ:ボーガスニュースより

問題は、男性の告白に影響を受けたフリーターらが「実はウチでも…」と連鎖反応を起こすようにmixiで暴露をしはじめたこと。14日夕方の段階で確認できているだけでも

  • 「死体をかきあつめ、天日にさらしたものを客のみそしるに混入した」(定食屋勤務の女性)
  • 「死体の腸に肉片をおしこんだものを食わせた」(ホットドッグ店バイト)
  • 「数億年前の微生物の死骸を客の車に入れた」(ガソリンスタンド店員)

こんなことが本当にあるのだろうか?

食に関する話だけに、こんなのを読むと、 気分が悪くなる。

普通に考えれば、上記のような手間をかけてまで、そんなことをするのだろうか?。。。と思ってしまう。

じゃあ、その普通とはなんだろうか?

ネタっぽく思える話も多くあるように思える。しかし、新聞を賑わす問題が実際に発生していることを考えれば、ネタに聞こえないところが、イヤな感じだ。

普通なんて言葉を使うと、明確な定義もないし、その基準がわからない。。。なんて言われてしまう。

しかし、何も明確な定義がなくとも、基準がわからなくとも、普通でないことは、普通でないのだ。

そもそも倫理観がないから、偽装な話が後を絶たない。

それが本当にあるから、信じられない、普通でない話でも、疑ってしまう。あるかもしれないと。

無理矢理セキュリティの話に結びつけるつもりはないが、共通するものを感じてしまう。

本当の告発もある。便乗した愉快犯もある。でも、面白いからだけで話題にしてはならない話もあるのだ。

特に食に関するものは、考えただけで気分が悪い。口にするものだし。

セキュリティと同じく感じる部分は、安全とか、偽装が同じく思えてしまう。

偽装とは、情報漏洩にしてもミンチにして、関係者をだましていること。わからないと思って、グチャグチャにして、責任回避をしていることが多く発生している。

そんなに世の中悪くなってしまったのか?性善説だけで語れるとは思っていないが、そんなに悪くないと信じたい。

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新倉茂彦

TCNIC Co., Ltd. 代表取締役 / セキュリティプロデューサー / M.B.A. 経営情報学修士 / 密教学修士ブログ
日々,目の前で起きる「セキュリティ」なことだけを考えています。表があれば裏があるように、様々な視点から見て考えるように意識しています。 人の「こころ」に興味を持ち、仏教的アプローチからセキュリティを探求中。

ひとり情シスの対応範囲広い

多くの事例をみていますが「情シス業務を軽んじているために」担当者に負担がかかりすぎ、長く続かない結果になっています。これは、企業にも個人にも将来的に良い結果を生みません。

社内で出来る事は、負担を軽減する体制を作って行くことと、社外には、相談出来るサポート先を確保することです。

日々の仕事に追われたままでは、その場しのぎにしかなりません。社内に人材を育成するという長期的な体制を考えていくことが負担軽減も含め、全体の最適化に繋がり、経営戦略上も有効な策です。

5 thoughts on “どこまでが限度なの?世の中変わったの?

  1. 新倉 茂彦 より:

    多聞さん、コメントありがとうございます。新倉です。
    >突っ込んでください(笑)
    私は肉とか魚でないと、理解しました。
    生ものでなければ、すべて「死体」と言えますが、言葉は選んで使わないと、誤解しそうです。
    いずれにしても、ネタと思いますが、あまり良い感じしないです。

  2. 坂本多聞 より:

    「死体」というのは、肉とか魚のことで、生きたまま食べるのじゃなきゃ「死体」だっていうブラックジョークと読めますが…。と突っ込んでいいの?

  3. rtn_kat より:

    ネタばらし
    「死体をかきあつめ、天日にさらしたものを客のみそしるに混入した」
    ちりめんじゃこ
    「死体の腸に肉片をおしこんだものを食わせた」
    ソーセージ
    「数億年前の微生物の死骸を客の車に入れた」
    石油

  4. osamugot より:

    例の記事がジョークとわかるまで読み直してください。

  5. rtn_kat より:

    違った、煮干だ

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