年末ネタ:写経のススメ

もう年末のお休みに入られた方が多いと思います。定期的にブログを書こう!と年初には思いつつ、年末になると…まぁ、出来なかった言い訳を考えるよりも、来年は頑張ろう!と「とりあえず前進の方向」には考えるようにしていますw でも、そろそろ同じ繰り返しから出なくてはと今年も考えたりします(自爆)

年末ネタという訳でもないのですが、私は年末に写経をしています。今回はこれを書いてみます。Google検索写経のススメ

年末に限らず、いつでもOKだし、寧ろ日常的な習慣にした方がいいと思います。以前は習慣的によく書いていましたが、こちらもブログと同様に来年は~みたいなw 写経は年末だけの行事になってしまったのでブログよりも更に少ない。こちらも続けなければ・・・です。

具体的な方法は、先の検索からいくつか確認して自身にあったやり方を探して下さい。基本は同じはずなのですが、若干お作法の違いもあるようです。

私の場合、写経セットの下敷きに書かれた般若心経のお手本をなぞって書きます。心身を清め、香を焚き、経を読む…そして、すずりで清水から墨をするらしいです。私は簡易なお作法のみで、筆ペンを使っています。こういうお作法も精神統一には、滅多にない良い時間なのでしっくりくるものを探して下さい。形からのアプローチは大切です。

写経のメリット

1.精神統一・集中する時間

2.法事などで何も見なくても読めるようになる

3.パスワードにも応用出来る

本来、もっと別な意味のが多くあるはずですが、まずは自身のモノにしなければ何も進まないということで、このへんからはじめてみます。

1.精神統一・集中する時間

般若心経の276文字は、慣れると40分くらいで書けるはずです。これが遅いのか早いのか他人と比べたことがないので、わかりません。しかし年イチになると1枚でも1時間はたっぷりかかります。時短の話じゃないので、それはそれでいいものです。同じ字が何度も出てきたり、見慣れた字体と違かったり、書きながら意味をいろいろ考えてみたり…一文字づつに味わってみるのもいいものです。

今時、寝ているとき以外、PCやスマホいじったりテレビ見たりと、外から某かの誘惑などなど、中々集中する時間を作ることがありません。

しかし、お作法で清めてしまうと、トイレにも行けないし、スマホも切っているし、書こう!と思ってしていることに集中する以外、選択肢もありません。1時間でも集中することは良いきっかけ作りとも思います。

別に騙しませんので、1時間集中して写経してみると、書き終わった後に何か感じるものがあるはずです。それは何だ?と自身で確認してみるのも年末だからこそ、いいのかもしれません。

2.法事などで紙を見なくても読めるようになる

年イチの1枚じゃさすがに覚えられませんが、継続すると簡単に覚えられます。もう十数年前ですが、はじめて写経をしたときは読めなかったし、書けなかったですが、今では普通に読めます。書くのは手本があれば下敷きなくても出来ますが、キレイに書けません。下敷き置いてもキレイに書けないのに…と(自爆)

これ以外の活用法も便利な気がします。お墓参り行っても使えるし、経験はありませんが何かの緊急事態にも唱えれば…と常に準備万端です(爆)

あと、ちょっとカッコイイかも知れません。趣味写経とか、般若心経読めますって! これ逆に引かれるのかなぁw

3.パスワードにも応用出来る

以前に書いた【般若心経】+【パスワード】の組合せは色々最強かもしれないで、新しい挑戦をしてみましたが、どうもマニアック過ぎたようです。自分で言うのも何ですがそんなに悪くないですよ。しかし閲覧数は伸びないw

最近はパスワードネタばかり書いている気がしますが、最強パスワードの法則では、般若心経はオススメと思ってます。最近の漏洩ではネット上からパスワードを丸ごと抜かれてしまうので、どれだけ難しいパスを使っていても、ブッコ抜かれたら終わってしまう。とは言っても、複数のパスワードを使うには、こんな文字の並びや、音として認識したものを文字に変える等々…使い道は無限にあります。

あと、何となくお経をパスに使っていると、何となく守られているとか、強そうな感じもします(あくまでも自身のイメージ)少なくともワーストパスワードには絶対ない、誰も使ってない程度の超マイナーなものと思います。
ここまで読まれたのならば、これも折角の機会なのでやってみてはいかがでしょうか。

継続することの難しさみたいなものを感じます。本年も有り難うございました。合掌

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新倉茂彦

TCNIC Co., Ltd. 代表取締役 / セキュリティプロデューサー / M.B.A. 経営情報学修士 / 密教学修士ブログ
日々,目の前で起きる「セキュリティ」なことだけを考えています。表があれば裏があるように、様々な視点から見て考えるように意識しています。 人の「こころ」に興味を持ち、仏教的アプローチからセキュリティを探求中。

全体のセキュリティ強度を向上する⇒1人1人の「意識と行動」の習慣化

鎖は一番”弱い輪”以上に強くなれない(ブルース・シュナイアー)

どれ程の強い鎖であっても、たった1ヶ所でも弱っていれば、全体の強度は「弱い鎖」と同レベルまで低下します。

例えば、グループウェア等「1人でも安易なパスワード」を使っていることで、そのシステムの入口となる強度は弱い鎖(1人のパスワード)まで低下します。

例え簡単なレベルのセキュリティ対策であっても、全体の底上げが出来るのであれば、弱い鎖のままよりは「よほど効果的」であり「最も有効な方法」の1つとなります。
しかし、弱点を見つめる方法も解らず、その補強なしに「強度」ばかりを追及する対策では、「強い鎖はより強く」なるだけで全体の強度は「まったく上がっていません」
上の鎖と同じ状態のままで…しなやかさも欠け「ブチッ」と・・・いつ切れてもおかしくない組織を多く見てきました。