船場吉兆、博多店でも食べ残し使い回し 数年前から:asahi.com関西より

博多店の使い回しについては、正徳前社長の妻の佐知子社長(71)と代理人弁護士が本店前で7日夜、報道陣に対し明らかにした。代理人の説明によると、使い回しをしていた食材は、刺し身の盛り合わせ▽刺し身の添え物▽わさび▽アユの塩焼き。刺し身の盛り合わせについては「1回確認しているだけ」としている。

前回書いた、続編。船場吉兆のもったいないって。。。単なる使い回しだけ?

お刺身の使い回しって何とも言いようがない。安い温泉宿などだと、使い回ししていないまでも、相当時間の経過した”ミイラになりそうなお刺身”を見たことはある。お刺身と干物は違うはずだ。

”わさび”には、殺菌効果があるから、いいのか?って。バカバカしくなってきた。

まぁ、「あんなこと」してたのだから、「こんなこと」があってもおかしくない。既にこの段階で、そう思える程に逝ってしまったのだから。。。

ネタでやっているとしか思えない。報道による知名度効果は大きいだろう。ネガティブキャンペーンだけど。

本店の使い回しについて、佐知子社長は「今年3月に府警の事情聴取を受け、そのときに府警側から初めて知らされたが、手つかずの料理は食べ残しとは違うと思った」と弁明した。

何ともスゴイ論理展開だ。日本語としては”間違いない”だろう。この部分だけで言えば、間違ってない。お客さんに出さなければ・・・

料理が下がってくる洗い場に対し、「使えるものは調理場に持っていけ」と指示があったという。忙しいときには、使い回しが常態化していたとみられる。さらに心斎橋店と天神店でも刺し身の添え物を使い回していた、と明らかにした。

前回も書いたが、添え物の使い回し。。。やはりあったのか?って感じだ。サクランボもパセリも使い回しなのだろうか?都市伝説まではいかないが、より強く確信の持てる言葉として響く。段ボールの肉まんはウソだったが、何が本当で何がウソかの判断がつかない。

独自基準と言ってもいいのだろうか?ビデ倫も独自基準らしいが、お咎めがはいった。

手つかずの料理は食べ残しとは違うと思った。

もう言葉が続かない。続けなくていいのだろう。だから何?って感じだろうか?

無理矢理セキュリティに繋げると、同じような独自基準は多くある。

例えば、情報の管理がずさんであっても、「漏れてないから大丈夫」・・・漏れる寸前なだけで、漏れてからでは遅いのだが、「漏れてないから大丈夫」とは、正しいとは言えないが、間違ってない。

飲食店などで聞こえてくるグチやクライアントの話などにも独自基準がある。基準は「自分を中心」の構造になれば、これも間違ってはいない。それ以上に、実名で会話していれば、周辺情報から推測する必要もなく、そのまんま。わかりやすいを超えているのだ。

個人情報の扱いなどは、プライバシーポリシーがあったとしても、独自基準がある。どれほど立派な事がポリシーに書かれていても、「そんなのかんけーねぇ」のである。別に悪用しているわけじゃないしぃ。。。相手にとって有益なことだからぁ。。。ギリギリ独自基準の中で行われているのが現状だ。

情報の取り扱いにしても、「そんなに大した情報でない」と、独自基準で考えている。情報とは「知った瞬間に知らない人より優位になり、知った人には”その情報価値はない”に変わってしまう」のだ。

すべてが、独自基準で動いている。コンプライアンスなんて「よくわかんな〜い」って、他人事に変化する。法令遵守?誤訳もいいところだ。独自基準には勝てない。

今回の船場吉兆が代表例になるだろうが、当事者でない限りは他人事。これも間違いない。

いい例の独自基準もたくさんある。駅前や街中で掃除をしている企業や、本気でCSRを行っている企業。このような方々には、独自基準は当たり前!なのだろう。

自己中心的な独自基準にならないように、考えてみるきっかけになった。

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新倉茂彦

TCNIC Co., Ltd. 代表取締役 / セキュリティプロデューサーオルタナティブ・ブログ
日々起きる目の前の「セキュリティ」なことだけを考えています。表があれば裏があるように、様々な視点から見て、考えるように意識しています。 人の「こころ」に興味を持ち、仏教と密教からヒントを得るべく現在研究中。